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アカシア句集

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  アカシア句集 27   前へ   次へ 影のみを見せて消えたる秋の蝶              令和7年10月 庭の草取りをしようと芝生を見ていたら一瞬蝶の影が 芝生の上を走りました。どんな蝶かと見上げるとすでに蝶はいなくなっていました。 亡くなった親友の魂かともおもいました。 芒ほどやさしき穂なし揺れやまず       令和7年11月生駒市高山の峠道を登っていたら 芒が道端の土手にきれいな白いほを風に揺らしていました。 草の穂はどれも風に柔らかいですが、芒ほどやさしい穂はないだろうと思いました。 見る人の心もやさしくさせる力もあるのでしょう。 水細く音大きくて冬の滝                   令和7年12月奈良大和田町の行者の滝を訪ねました。 冬の滝なので水量はすくなく、幅10センチもないほど細い滝でしたが、 あたりが静かな岩場で、滝音は力強いほどでした。 訪れる人のない冬の滝もひとりがんばっているよと言う感じでした。 おのが身に鬼も棲むかと豆を撒く               令和2年2月節分の夜、例年のように家の部屋と玄関風呂場などを豆まきしました。 あとの掃除が大変なので各部屋3粒づつ位にしましたが、 撒いているうちに鬼は部屋にいるのでなく、自分の体内にいるような気もしました。 心臓などの病気を連れてくるのは、その鬼かもしれないと。 瓶酒に少し酔ひつつ梅巡る            令和7年3月近くの追分梅林を訪ねました。 途中で小さい瓶酒を買ったので、まだ少し満開には早いでしたが、 酒をいただきながら広い梅林をゆっくり歩きました。 歩くうちにだんだん気分が良くなり梅はどうでもよくなりました。

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アカシア句集 26   前へ    次へ 露天湯の落葉を掬ふ箱根かな         令和6年2024年9月下旬、長男一家と箱根を訪ねました。 一泊した箱根ハイランドホテルは昔妻が亡くなった義姉と長男を連れて泊まったホテルですが、 箱根の仙石原にあり、その北東には昔の勤務先の保養所がありました。夕方、ホテルの露天風呂に入ると湯船に十枚以上の落葉が浮かんでおり、手で掬って湯船の外に投げ出しました。下界はまだ猛暑の名残の暑さでしたが、別世界に来たようでした。 屏風てふ里に秋風太子道  令和6年2024年11月、奈良三宅町屏風地区を歩きました。 ここは昔聖徳太子が斑鳩から明日香へ通われた道で太子道あるいは筋違い道とも言われる道の途中で、屏風杵築神社には太子の腰掛け石があります。村人が風よけのため屏風を立てておもてなしをしたので、この地を屏風と言うそうです。神社の庭に立つと時おり涼しい秋風が吹いて来ました。 元日の夕日の沈む速さかな   令和7年2025年元日、帰省中の長男夫婦と奈良平城宮を訪ねました。大極殿の近くの草原から西を見ると、まさに夕日が沈むところでした。見ていると山の稜線に夕日が触れると、あっという間に沈んでしまいました。 猿まはしの猿は直立春隣   令和7年2025年2月、前年オープンした道の駅「奈良クロスウエイ中町」を訪ねました。 たまたま店舗の西側の広場に人だかりがあったので寄って見ると猿まわしでした。実物の猿まわしを見るのは初めてでした。 小柄の猿が若い親方の指示で階段を飛び降りして皆を喜ばせていました。賢そうな猿は親方が説明をしている時も直立していました。 今日一日幸なる予感梅開く   令和7年2025年3月奈良追分の梅林を訪ねました。例年梅は1月末から咲き始めるのですが、この年開花が遅く、追分梅林も3月中旬になって数本の梅が花を着けました。風はまだ寒いのですが、立派に咲いている花を見ると、今日一日良いことがあるような気がしました。寒さに耐えた花のエネルギーに励まされるようです。 今年また茅花見るまでながらへし    令和7年2025年6月下旬奈良市中登美ケ丘のイオンの北側の坂の土手に白い茅花が多数咲いていました。ここは時々通る道で毎年この頃風に揺れる茅花を見るのが...
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  アカシア句集 25   前へ     次へ 二三歩でこれ程付くか草虱           令和5年2023年10月下旬、奈良・生駒市の竹林園近くの池を訪ねました。   池の岸を少し歩いただけなのに、ズボンには前も後も盗人萩の実(草虱)がぎっしり   ついてしまいました。岸に座りこんで  ひとつづつとるしかありませんでした。 目つむりて歩き方たくなる小春日よ   令和5年2023年11月初旬、奈良生駒市の鹿畑の峠道を歩きました。   暖かい小春日、すれ違う人もいないので、しばらく目をつむって歩くと、   心地よい風もきて全身峠の景色に溶け込んで いるようでした。 零余子取る零余子飯には足らねども   令和5年2023年11月下旬、大和郡山市矢田山中の東明寺を訪ねました。   曲がりくねった坂道の途中に山芋の蔓が垂れ下がり、零余子(むかご)がいくつか   見えました。手を伸ばしてたまたま持っていた袋に入れました。   夫婦二人分には到底足りなかったのですが、天地の恵みと大事に持ち帰りました。 日待講の提灯掛かる三日かな   令和6年2024年1月3日奈良生駒市の高山地区を歩いていたら、通りからある集落へ   入る角に「日待講」と書いた提灯が高棹に掛かっていました。   時々庚申講の掲示板などは見ますが日待講は初めてで少し驚きでした。   運河の谷口主宰のお話では、近隣の人々が決めた日に集まって一晩中話などして   翌朝日の出を拝むようです。 旧遊郭三帖部屋に雛飾る   令和6年2024年3月3日大和郡山市のひな祭りの川本邸を訪ねました。   旧遊廓なのでほぼ中央に大きな階段がありすべての段にぎっしり雛人形が飾られて   います。二階の小部屋にはそれぞれひな壇などが飾られていました。   昔遊廓の女達が住んだのしょうが今は綺麗な人形たちの部屋です。   女達は自分達の部屋が将来、雛飾りの部屋になるとは思っても見なかったでしょう。 晩年の生き方なるや花筏   令和6年2024年4月12日奈良富雄川沿いの弁天堂跡の土手を訪ねて   流れ行く桜の花びら(花筏)を見ました。花びらはそれぞれ自由なようですが、   実は水の流れ、岩やほかの花びらによって自在に流れが変わります。   桜の枝でがんばった花びらも、今...
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  アカシア句集 24   前へ     次へ 吾亦紅十花かたまり華やげり       令和4年9月奈良の神功皇后陵を訪ねました。   柵の中に葛の葉が茂っており、その中に吾亦紅が咲いていました。   しばらく行くと吾亦紅が10本以上集まっているところがあり、   赤紫の吾亦紅がかたまると、緑のなかに華やいで見えました。   地味ですが皇后への供華のようでもありました。 鳰三羽潜る順番あるらしく            令和4年11月木津川市の大里公園を訪ねました。   公園の池には鳰(にお、かいつぶり)が3羽いましたが、    彼らは同時に潜らずに、順番に潜っては池面に顔を出していました。   潜る順番を決めているようでした。 子に恵方向かせて取らす祝餅          令和5年正月、子供、孫たちお屠蘇を祝いましたが、   例年のように木の盆に、祝餅、祝昆布、蜜柑、干柿を人数分置いて、   年の若い順に、それぞれ一個ずつ取るしきたりですが、   まず恵方に向いてお盆をささげて、おめでとうございますと言って取る   習慣です。今年もネットで恵方を調べて祝餅などを取らせました。 座敷童子立てし音かも春の夜      令和5年3月夜明け前目が覚めて寝床でうとうとしていたら、   家のどこかで「ことり」と音がしました。   最近は家に鼠もいないし、何の音かなと思いましたが、おそらく   家のどこかにいる座敷童子だろうと思い、また眠りにつきました。 枝垂梅顔を寄すれば寄りきたる        令和5年3月大和郡山市の源九郎稲荷神社を訪ねました。   神社の斎庭には六代目・中村勘九郎さんが襲名記念に植樹された枝垂れ梅が   咲いていました。   垂れ下がる梅の花に顔を寄せたら、風のおかげか花が顔に寄ってくれました。   庭の反対側では静御前の詩吟を聞き義経静御前の話を聞くグループがありました。 たんぽぽや地下に星座の古墳丘       令和5年4月久しぶりに飛鳥のキトラ古墳を訪ねました。   壁画体験館で白虎や青龍などの壁画を見学後、外に出てたんぽぽに包まれたような   キトラ古墳を見ました。周囲は桜が満開でのどかな飛鳥の景色でした。   その後高松塚から甘樫の丘に登り...
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  アカシア句集 23   前へ     次へ 斑鳩の時はゆっくり秋桜          令和3年10月、斑鳩をたずねました。  小泉神社から西へ墓地の南側の農道を歩くと、法起寺の三重の塔が見えて、  コスモス畑にコスモスが咲いています。    しばらく眺めていると、ときおりコスモスが揺れるだけであたりが静かで    時がゆっくりと流れているようでした。 庭に来しやはらかさうな鼬の子     令和3年11月、朝庭に出ていたら、一匹の鼬の子が右手にあらわれ、植木の下を  ゆっくり左へ進んで隠れました。  きれいな茶色、動きがなめらかでからだがとても柔らかそうでした。   初伊勢の大樹てのひら当て祈る    令和3大晦日から鳥羽から伊勢神宮を長男一家とたずねました。   初詣の人々が大勢コロナにもかかわらず、広い伊勢神宮の参道を切れ目なく   歩いています。内宮正殿の左に直径2メートル近い杉の大樹があります。   参拝後、その木の幹に両の手のひらを当てて、いばらく祈りました。   破蓮に日差の来たる明るさよ          令和4年1月、木津川市の木津川台公園を訪ねました。     割に大きな池が4つもある広い公園ですが、その一番下の池は蓮池で   破蓮が、折れきった茎を様々な形に垂れていました。   しばらく見ていると、日が差してきて池面が急に明るくなりました。   破蓮達も、日差に元気づけられているようでした。 梅の村手押しポンプは畑の中   令和4年3月、木津川の上河原から中河原の河川敷を訪ねました。   河川敷には多くの梅の木が白い花を咲かせていました。   梅の木のそばは、大抵畑になっており、葱などの野菜が育っています。   今も使われているかはわかりませんが、いくつかの畑には、手押しポンプが   残っています。子供の頃、手押しポンプで井戸水を汲み上げたのを思い出しました。 鶯の鳴けば鳴き止む田の蛙   令和4年3月、京都精華町の乾谷を歩いていたら田の蛙が鳴いていました。   しばらく鳴き声を聞いていたら鶯が鳴き出して、蛙の声が止まりました。   蛙たちも鶯の声を聞こうとしたのかもしれません。 植ゑし田に雨の水輪のやはらかし   令...
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  アカシア句集 22   前へ     次へ どの色も選びたき色櫨紅葉           令和2年2020年11月下旬、奈良・生駒市の鹿畑を訪ねたとき、途中の坂に大きな南京櫨(ナンキンハゼ)の木があり見事に紅葉していました。葉をよく見るとその色は黃、橙、赤、紫、黒とその中間色と、紅葉の程度は実にさまざまで、一枚ずつ手にとるとどの色も、それぞれ味わいがあり、自分はどの色が好きなのかと迷っていました。選ぶのに迷ったので、数枚持ち帰り、玄関に飾りました。 旧道はどこかなつかし冬日差    令和2年2020年12月初旬、京都精華町の柘榴地区を東谷神社まで歩きました。一段下の国道163号線は車が多く落ち着かない道ですが、旧道に入ると急に静かな道になりました。家並みも古く冬日差を受けた町は、どこか昭和の町に入ったようで、なつかしく感じました。 目の前に仕留められたる猪の口        令和2年2020年12月奈良・大和田町の棚田から大和民俗公園へ抜ける藪の道を通ると、2人の男性がそばの猪檻にかかった大きな猪を道へ引きずり、軽四輪に載せようとしていました。道に寝かされた猪は死んでいましたが、大きな口と目を開けていました。 月空を走りてゐたる去年今年          令和2年2020年12月大晦日の夜、庭に出て空を見上げると、冬の満月が出ており、比較的小さな雲が沢山北から南へと、すばやく流れていました。 見事な満月がその中に見えて、まるで月が雲の島々のあいだを走っているようでした。月も新しい年の空へと、宇宙の時間に遅れないよう、必死に走っているようでした。 春日浴ぶやさしき声を聞くごとく   令和3年2021年2月下旬、京都府木津川市の西ノ宮神社から大里公園を訪ねました。公園の桜はまだ蕾でしたが、土手に坐り池などを眺め、とても暖かな春日差を浴びていると優しかった叔母たちの声が空から聞こえてくるようでした。    とめどなく花散る下に立ちゐたり      令和3年2021年3月、近所の三段公園には大きな桜が5,6本あり今年も見事な花を咲かせてくれます。3月末公園に行くとちょうど満開の桜が散り始めました。その下に立つと風もないのにとめどなく花が散り、頭に肩にふりかかりました。それはなにかの恵みのようでした。 菖蒲湯に底板...
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アカシア句集 21  前へ    次へ   風あれば風に輝く芒かな   令和1年2019:9月下旬、奈良・生駒市の竹林園を訪ねたとき、100メートルほど   東の池の土手に芒が白い穂を出していました。時折風がくると芒がゆれて白い穂が   さらに白く輝きました。 冬紅葉残る日日こそ惜しむべし                      令和1年2019:11月奈良市大和田町の行者滝を訪ねたとき東の池に立ち寄りまし   た。池の周囲の木々は美しく紅葉していましが、紅葉もあっという間に終わり   今年もじきに終わるので、今のうちにこの美しい時期を楽しんでおこうと   思いました。 初春の光を受けて女身仏   令和2年2020:1月3日次男一家と奈良・秋篠寺に初詣しました。   本堂には有名な伎芸天像が祀られています。   薄暗い本堂に入ると高く狭い窓から新春の光がさしこみ、伎芸天をやさしく包んで   いました。横から見上げると、伎芸天はますますおきれいでした。 日時計は大体合うよ園うらら  令和2年2020:2月奈良市北の山田川から仏坂を登り、北登美ケ丘2号街区公園を   訪ねました。梅を探しましたが見当たらず、長さ2メートル程の大きな日時計があり、   時刻の位置に煉瓦が置いてあります。午後2時でしたが、その日時計の影は2時の   煉瓦に届いており、大体時間はあっているようです。早くも春らしい日差があって   公園はうららかでした。 懸命に見る懸命の梅の花   令和2年2020:2月奈良・追分梅林を訪ねました。   数年前梅を植え替えるため、多くの梅の木が伐採され、殆ど若木になりましたが、   以前からの梅も残っていて、まだまだ咲くよというように、美しい花を開いて   います。見る自分も、おろそかに見てはがんばっている梅の木に悪いような気が   して、真面目に梅の花を見ました。 花吹雪その一瞬に出合ひたり   令和2年2020:4月8日:奈良・飛鳥カントリーの先、矢田丘陵遊歩道のムノ峰上池を   訪ねました。ゴルフ場の先なのでゴルフ池と勝手に呼んでいますが、池畔の桜の花が   満開でベンチに坐って眺めてい...
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アカシア句集 20  前へ    次へ 皇后の荘たりし谷稲の花   平成30年2018:8月下旬、精華町の山田川を歩いたら稲の花が咲いていた。   通った精華町の柘榴地区は、地元の日出神社の説明によると奈良時代、光明皇后の荘園であったらしい。   皇后のための稲を作っていた奈良時代から、稲の花が咲いていたと思うと不思議な気もした。 猪垣の中に山門宇陀の寺                      平成30年2018:9月奈良・宇陀市の仏隆寺を訪ねた。宇陀市といっても山の中の寺なので、猪や鹿が出るらしい。   有名な彼岸花はまだ蕾だったが、寺の急坂に沢山白い茎を伸ばしていた。しかし山門への坂の途中に猪垣があり、   手で扉を開け閉めしないと入れなかった。 デモ果てて帰りばらばら十日月   平成30年2018:9月友人とJR奈良駅から三条通りを「九条改憲No!」のデモ行進に参加した。   デモに参加したのは学生時代以来60年ぶりだったが、夕方だったので街は外国の観光客ばかりで   あまり効果的でなかった。県庁前で解散したが、帰りはばらばらで半月が輝いていた。 作曲の一段落に虫の声   平成30年2018:10月久しぶりにパソコンで行進曲を作曲した。出来栄えは不評だったが、   自分なりに納得して3曲を作った。作り終えてファイルを保存したら虫の声が聞こえた。 綿弓を音立て弾く乙女かな   平成30年2018:11月奈良・大和民俗公園のふるさとフェスタを訪ねたら民俗博物館の入り口のフロアでは、   木綿糸作りの実演・演習があり、綿弓で糸ほぐしと糸車で糸作り(糸ぐり)をしていた。   中学生らしい女生徒が指導員の指導を受けながら、綿弓で木綿の花を弾いて音を立てていた。   芭蕉の句 「綿弓や琵琶になぐさむ竹の奥」にあるように、ビューンビューンと鳴らしていた。  娘の立てし泡をほめもし初点前   平成31年2019:1月正月に帰省した子の発案で長く使わなかった炉を使ってお茶会をした。   孫娘が母親に教わりながらお茶を立てた。茶筅を使い泡がきれいにできたので、皆がほめながら   初茶をいただいた。 淋し気に見...
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  アカシア句集 19  前へ    次へ   書初の写経を終へて塔見上ぐ   平成30年2018:1月薬師寺の写経道場を子供達と訪ね、全員で写経した。その後、別室で初点前をいただいた。   道場を出て見上げると、西塔と修復中で覆われた東塔が見えた。 清酒祭仕込みの湯気の淑気かな   平成30年2018:1月8日3年前と同様に奈良・正暦寺の清酒祭を訪ねた。   今回も蒸し米を拡げるまで会場で待ったがその間、甑(こしき)の湯気が我々を時折包んだ。   湯気も正月のめでたい湯気だった。その後粕汁ときな粉・餡のひねり餅をいただいたので、   さらにめでたくなった。            回りつつ輪を狭めけり鴨の陣            平成30年2018:1月末大和民俗公園へ行った帰り、大和田城の北の池を訪ねた。      たまたま鴨が20羽くらい集まっていて鴨の陣を作っていた。   そのうち鴨たちが時計回りに回転をはじめた。   見ているとその輪が段々と狭くなってきた。そのうちの1羽が輪から抜けてしばらくして元に戻った。   何のために回転をしているのか興味があった。 ポン菓子を買ひ得て出れば春の雪   平成30年2018:2月前年の12月中学校のクリーンデイ(道路など環境掃除の日)、参加したら   懐かしいポン菓子をいただいた。また食べたくなり、買おうとしたが近くの店では売っていない。   やっと少し離れたスーパーで買えて、喜んで店を出たら春の雪が降っていた。   少しの間だが昔に戻った気分だった。           行列の古墳を過ぎる春祭   平成30年2018:4月奈良・大和神社のちゃんちゃん祭に参列した。   これは鉦を叩きながら馬に乗った市長や武者と各地区の代表の行列がお旅所へ神をお送りして   芸能をお見せする祭だが、お旅所への道には古墳があった。                     葉桜に緑の炎水陽炎   平成30年2018:4月奈良生駒市・北田原の山中の池...
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アカシア句集 18  前へ    次へ すこやかに老ゆるが仕事菖蒲の湯   平成29年2017:5月長い菖蒲の葉が2、3本浮く湯に浸かった。   78才にもなると健康に生きるのが仕事、と思った。医療費最小にすれば国家予算も助かる。 七つ目の星は背の上てんと虫                  平成29年2017:5月京都府精華町柘榴地区の山から乾谷を歩いた。途中の池の北側の細道の土手で休憩していたら   てんとう虫が一匹飛んできて左手に止まった。よく見ると、7つ目の黒い星は丁度背中の上にあった。いつも星を乗せて飛んでいるらしい。 河鹿嗚く川瀬に光あふれゐて   平成29年2017:6月奈良・丹生川上神社中社の水神祭に参列したあと、夢の淵を訪ねた。   そこには夢の淵という小さな滝と深い淵があった。そばの岩から川面を見ると、日差しに浅瀬にがきらめいていた。   しばらく川瀬を見ていたらリリリリリリ と河鹿が鳴いた。 伊勢道の句碑ある社菖蒲葺く   平成29年2017:6月奈良・丹生川上神社中社の水神祭に参列し夢の淵を見たあと、   東吉野村の鷲家八幡神社を訪ねた。社殿の屋根には旧節句に合わせて、菖蒲が葺いてあり、   境内に桂信子の句碑「おのづから伊勢みちとなる夏木立」があった。 堂縁に良き風来たる地蔵盆                    平成29年2017:7月奈良・伝香寺の地蔵盆は7月だった。4時から読経の中「はだか地蔵」の着せ替えがあり、   その後お守りをいただいた。境内で「いさがわ幼稚園」の盆踊りが始まる5時すぎまで堂縁で待った。   夕方になり境内の橙の木などを抜けて良い風が来た。   なめらかな父の筆跡終戦忌                    平成29年2017:8月終戦日の頃、母の遺品を整理していたら、父の残した厚さ3センチの昭和9年からの   覚え帳が出てきた。   当時家は食料品店だったので、山林売買や大きな商...
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アカシア句集 17  前へ    次へ 稗蒔を吹きて青波立たせたり   平成28年2016:6月去年採っておいた稗の種を菓子の空箱の蓋に敷いた綿に撒いたら、ぎっしりと   きれいに青い稗苗が育った。それ上からを吹いたら、まるで植田の波のように青波が立った。 行き先は父の戦地か去ぬ燕   平成28年2016:8月16日奈良・平城宮跡の芦原には例年燕の大群が集まり、毎日数万羽が南へ飛び立つ。   孫たちと、夕方7時頃大極殿跡復元事業資料館の西側の軒下に燕の乱舞を見に行った。   この日集まった7万羽位の燕の一部は戦死した父の戦地だったガダルカナル島へ帰るのだろうか。 斑鳩の古墳を照らす望の月   平成28年2016:9月奈良・斑鳩の藤ノ木古墳に月見茶会に行った。   暗くなりすぎないうちに抹茶とお菓子をいただき、月の出を待った。薄雲を抜け出た満月がしっかりと   古墳の円い丘を照らした。古墳公園の木からは草雲雀が聞こえた。 死ねるかと近寄り見たり穴惑            平成28年2016:9月大和民俗公園へ富雄川沿いに歩いていたら、道端に蛇が横たわっていた。   近づいてよく見ると死んでいた。穴惑いが穴を見つける前に死んだらしい。 行く秋の小さき港に諸子舟   平成28年2016:10月琵琶湖・西岸の北小松・松水に先輩方と鮎の背がき料理に行った。   時間があったので北の漁港の方へ歩いたら、小さい漁港に諸子舟が10艘以上と繋がれていた。   誰もいなかったが猫が歩いていた。                     静けさを楽しみゐるや二羽の鴨   平成28年2016:10月大和民俗公園へ行った帰り、大和田城の北500メートル位の所に60メートル四方の   池があった。柵で囲まれているが、奥の方に鴨が二羽静かにしていた。   あたかも静けさと穏やかさを楽しんでしるようだった。             番台に餅花掛けてゐたりけり   平成28年2016:12月奈良・富雄駅近くのスーパーに立ち寄ったら、中にある店の入り口に   小さな餅花が掛けてあ...
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アカシア句集 16  前へ    次へ 浮図田の砂利に遊ぶ子地蔵盆   平成27年2015:8月奈良・元興寺の地蔵盆に参列した。   4時頃から若い人達が境内の五輪塔や浮図田(ふとでん:ふとは仏陀、仏塔)の多くの石仏に灯明皿を   置き、5時頃から法要、6時から琴尺八の演奏だったが、始まる前は子供達が浮図田の砂利で遊んでいた。 松虫や木の間に大極殿見えて   平成27年2015:9月平城宮跡に二十三夜の月待ちに行った。二十三夜は満月のあとの月が夜遅く出る   のを見るのだが、お天気に恵まれ下弦の半月を見ることができた。   大極殿を北西に見る草原の道を歩くと、コオロギの声のなかに「チンチロリン」という、特徴のある   松虫の声が聞こえた。これほどはっきり松虫を聞いたのは生まれて初めてでうれしかった。   月待ちの間に色々話がでた。その時の句に「月待ちに寺の跡継話出て」。 刈田焼く大和の国をけぶらして   平成27年2015:10月奈良・大和民俗公園へ富雄川の岸を南へ歩いた。途中の田は稲刈りが済んで、   農夫が一人、籾殻や雑草を焼いていた。その煙は風の方向が変わるので、四方へとひろがり、   まるで奈良だけでなく大和の国すべてをけぶらすかに見えた。   文机にひとつづつ減る棗の実   平成27年2015:10月奈良・奥明日香の入谷から桜井市鹿路を訪ねた。   途中の坂道に棗(なつめ)の木が一本沢山の実をつけていた。あまりにきれいな実だったので   5、6個ほど失敬して、自分の机の上の皿に置いた。そのうち食べたくなって毎日一つづつ食べた。   この句は、翌年1月の運河750号記念大会で西村和子先生の選に採っていただいた。 赤蜻蛉やっぱりここと戻りけり   平成27年2015:10月奈良・生駒市の高山竹林園を訪ねた。   庭園の建物の東側の坂の手すりに赤蜻蛉が止まっていたが、私が近づくと飛んでいった。   しばらく歩いて振り返ると、同じ赤蜻蛉が同じ所に止まっていた。この場所が好きだったらしい。   この句は、翌年1月の運河750号記念大会で山本洋子先生の選に採っていただいた。    吉隠の寺に一樹の冬紅葉   平成27年2015:11月奈良・桜井市の吉隠(よなばり)を訪ねた。   ここは、天武天皇...
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アカシア句集 15  前へ    次へ 案山子なりこの辺に見ぬ洋装は          平成26年2014:8月奈良・山陵町(みささぎちょう)の塩塚古墳の西側の道を歩くと、のんびりとした   畑地に入るが、そこにこの辺りでは見かけない洋装の女性が立っていた。   よく見ると案山子だった。マネキン人形に洋服を着せていた。 寒釣の人よく動く日和かな  平成26年2014:11月奈良・吉野の桜木神社から津風呂湖を訪ねた。   ダムの南側に遊覧船の桟橋があり、そこで3、4人の人が多分へら鮒の寒釣りをしていた。   日差しが良くなって11月にしては暖かくなったためか、釣り人は結構桟橋を動いていた。                    女学生リーダーとして聖樹組む   平成26年2014:12月奈良・山陵町の田園から奈良大学の方へ歩いた。   途中の関西文化芸術大学の校庭を通ると、学生達がクリスマスツリーを組んでいた。   見ると、女学生が3、4人の男子学生を指揮していた。後輩学生かもしれないが。           雪しきり我が身昭和にあるごとく   平成27年2015:1月6日奈良はは雪だった。しきりに降る雪を見ていたら、子供の頃、生家の戸口から   町の通りに、しきりに降る雪を見ていたのを思い出した。昭和30年頃であるが、一瞬、あの頃と   何も変わっていないような気がした。     具の多き粕汁も出て清酒祭   平成27年2015:1月10日奈良・正暦寺の清酒祭を訪ねた。   正歴寺は清酒発祥の地とされ、この地の麹を使って酒の寒仕込みが行われる。数社の造酒会社の人々が   蒸した米を冷やすなどの作業をしたが、見学者には粕汁が振る舞われた。具が多く暖かかった。 神馬堂まで砂の飛ぶ春祭   平成27年2015:2月11日奈良・河合町の広瀬神社の砂かけ祭を訪ねた。この日はお田植祭であり、   砂を雨に見立てた祈雨の神事でもある。お田植えのあと、白覆面の農夫が田鋤...
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アカシア句集 14   前へ    次へ 早乙女に牛握手してお田植祭   平成25年2013:6月30日奈良・石上神宮のお田植祭と夏越祭を訪ねた。   この日は石上神宮から神剣の行列が出る神剣渡御祭ののち、末社の神田神社でお田植祭があった。   神剣を立てた斎庭で、作男と牛が出て田耕をし、早乙女が苗を植える仕草をするのだが、   その前に、牛役が被った黒衣から手を出して早乙女と握手をしたのは愉快だった。   上がるほど白くなりゆく今日の月      平成25年2013:9月奈良・斑鳩の月を見るため法隆寺の東の上宮遺跡公園を訪ねた。   月の出を待っていると男女の二人連れも公園に来た。   東の空から月が上がってきたが、見ていると段々白く美しくなってきた。 磐座に木の葉落つるを待ちゐたり   平成25年2013:11月生駒市矢田遊歩道のドンデン池から小明町の稲倉神社を訪ねた。   説明板によると明治以降兵隊のがれ祈願の神社として信仰を集めたらしい。   ここには烏帽子岩と呼ばれる高さ6メートルの磐座がある。   磐座に木の葉が散るのを見ようと待ったがなかなか散らなかった。        長屋王の歌碑に楪飾りたる   平成25年2013:12月平城京の北の歌姫街道の添神社を訪ねた。   ここには長屋王の「佐保過ぎて奈良の手向(たむけ)に置く幣(ぬさ)は 妹を目離(めか)れず   相見(あひみ)しめとそ」万葉集巻3-300の歌碑があるが、年末だったので正月の楪(ゆずりは)が   飾ってあった。ここには菅原道真公の歌碑もある。           闇汁の中味減りゆく早さかな   平成26年2014:1月俳句の仲間で自宅で闇汁会をした。部屋を真っ暗にして、皆が持ち寄った具を   鍋にごちゃごちゃに入れて煮るのだが、これが意外に美味しいので、皆の箸が進み   あっという間になくなって、暗い中材料を継ぎ足した。          お水取参籠見舞に尼僧来て   平成26年2014:3月奈良・二月堂のお水取りを見学に行った。   明るいうちに食堂の横に行き、そばの参籠所を覗...
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アカシア句集 13   前へ    次へ 美術館出れば異国の蝉の声   平成24年2012=9月長男一家の住むニュージャージーを訪ねたときメトロポリタン美術館を一緒に見学した。   館を出ると蝉の声が聞こえた。アメリカの蝉の声だった。英語で鳴いていたかもしれない。 乗馬して少女廻れり穂草原   平成24年2012:10月木津川の下河原を歩いた。テニスコートの北側に乗馬クラブがあり、   大きな木の周りを2、3頭の馬が騎手を乗せて歩いていた。その中に少女もいて、   手綱さばきも上手に、穂草の中を悠々と騎馬練習をしていた。        大川の曲がりおほらか桑黄葉    平成24年2012:11月奈良・川西町の糸井神社を訪ねた。太鼓踊りの絵馬など見て、寺川に出た。   橋のたもとに桑の木があり、きれいに黄葉していた。上流を見ると広い川が左へおおらかに   曲がってゆったりと流れていた。 近江富士望む漁港に焚火せり    平成24年2012:12月琵琶湖の堅田漁港を訪ねた。漁港自体は広くないが百合鴎が泳いており、   漁師の男性数人が浜で焚き火をしていた。我々も焚き火にあたらせてもらい、湖を見ると   対岸にきれいな近江富士(三上山)が見えた。 厠にも小豆粥置く小正月   平成25年2013:1月15日小正月、例年のように妻が椿の葉の上に小豆粥を乗せて、玄関、勝手口などに   置いた。手洗いに入ると、そのドアの内側の隅にも小豆粥の椿葉が置いてあった。           餅撒きて良き日終へたる春祭    平成25年2013:2月23日奈良・吉野町の国栖奏を見学に南国栖の浄見原神社を訪ねた。   吉野川の天皇淵の岩壁に取り付いているような高い場所の狭い神社に大勢がつめかけ、   古式な舞を見せていただいたが、そのあと祭の締めくくりとして地元の人々が餅まきをしてくれた。     塞の神祀れる道の茱萸の花    平成25年2013:4月河内龍泉寺から烏帽子形神社を経て岩瀬を訪ねた。南海高野線千早口駅の   東500メートル位のレストラン「歩絵夢」で食事後近くの谷道を...
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アカシア句集 12  前へ    次へ 枯芒触るれば温みありにけり   平成23年2011=12月京都山田川から木津川の上河原を訪ねた。鴨の群が全身揺られており、岸の枯れ芒に触れる     と猫の毛のように柔らかく暖かかった。 猪宿の犬を探せば部屋にゐし   平成24年2012=1月句会の先輩方と例年のように大柳生の猪宿に薬食いに行った。毎年宿の犬二匹が庭で迎えて       くれるのだが今年は姿が見えない。宿に入って探すと、二匹とも暖房の効いた部屋にいた。 形代の石に貼り付く冬の川   平成24年2012=1月木津川の河原を歩いた。   寒々しい冬の河原の岸の半分水に浸かった石に、白い形代(人形(ひとがた)の紙)が貼り付いていた。   おそらく上流の神社のそばの川から流れついたのだろう。   女性の名と年令67才と書いてあった。そっと紙を押して流した。 田遊びの田に水足して泥相撲   平成24年2012=2月奈良、江包の綱掛け神事を訪ねた。   田を横切って来る男綱と女綱を結び合わせて神社の木に掛けた後、田の中で泥相撲をする祭りで、   見ていると田の土が固いので水をバケツで足していた。勝っている方も泥に倒される面白い相撲だった。 み仏のおなかぽつこり花御堂   平成24年2012=4月8日奈良飛鳥寺の花祭りに参列した。   広くもない本堂に花御堂が作られ、誕生仏がかわいいお腹をぽっこりふくらませて立っておられた。   花御堂周辺だけが別世界のように華やいでいた。 尺蠖をけしかけゐたる女かな   平成24年2012=5月大阪四条畷市の室池から野崎観音、楠公寺を訪ねた。室池の森の中を歩いていたら、   上から長い糸を引いて尺取り虫がぶら下がっていた。同行の義姉が掌に虫を載せて、早く歩けとけしかけた。 安万侶の墓を鎮めて花の雨   平成24年2012=4月奈良大安万侶の墓を訪ねた。墓は茶畑の斜面にあり、登ろうとすると雨が降って来た。   見あげると供花のように桜が満開だった。 蓮開く音はあらずと言ひ切らる   平成24年2012=7月琵琶湖烏丸半島の蓮池を訪ねた。蓮の花は少なかったが葉の上の水玉が風と遊んでいた。   朝蓮の花の咲くとき音...
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アカシア句集 11   前へ    次へ  岩窟は賀茂の源流滴れり   平成23年2011=6月京都雲ケ畑の惟喬神社から志妙院を訪ねた。   寺の奥に岩窟があり、中の岩から雫が落ちていた。   説明板によるとここは賀茂川の源流のひとつらしい。周囲の青葉がきれいだった。 火を消して飛ぶとき迅き蛍かな   平成23年2011=6月飛鳥、稲渕の男縄の上流、飛び石に蛍狩りに行った。   暗くなるまで待っていたら河鹿が鳴いた。   少し下流の木立から蛍が点滅しながら飛ぶはじめた。   よく見ていると火を消している時は速く飛んでいるようだった。 女将指す大山蓮花終りしと   平成23年2011=7月東吉野村の天好園から七滝八壷を訪ねた。天候園では大山レンゲを期待したが、   女将に聞くと、あの辺ですが、もう花は終わりました、と言われた。 茅花流し竹炭窯の谷狭し   平成23年2011=6月京都府精華町山田川から乾谷を歩いた。  谷はだんだん狭くなった所に竹炭窯の   小屋があった。煙は出ていなかったが、茅花流しの風が吹いてきた。 梅花藻の花揺れ続けぶつからず   平成23年2011=8月滋賀の醒ケ井を訪ねた。ここは湧水の   地蔵川に梅花藻が美しい所で、我々が訪ねた時はちょうど良い花の時期だった。   花がやたら多いので風でぶつかりそうだったが、意外にぶつからなかった。 鬼取の谷ゆるがして威銃   平成23年2011=9月奈良大阪の県境の暗峠を再び訪ねた。   鬼取茶屋の女将に庭の花の名を聞くと蝶のよる木と言われた。そんな名の草はあるのかなと見ていたら   近くで威銃が谷を揺るがして鳴った。 鳰の子のひとり遊びをしてゐたる   平成23年2011=10月奈良大和民俗公園を訪ねた。   菖蒲園のそばの池に鳰の子が1羽だけいて、水に潜ったり泳いだりしていた。   邪魔するものがいないので、好き勝手に遊んでいた。 いつまでも綿虫宙に用事なし   平成23年2011=10月京田辺の水取から打田への谷道を歩いた。途中の坂道で綿虫が数匹飛んでいた。   見ていると疲れを知らないようにいつまでも宙に浮いている。   彼らには飛ぶ以外まったく用事がないようだった。 大根焚案内係の大坊主   ...
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アカシア句集 10   前へ    次へ 師の句碑に炎天時をとどめたる   平成22年2010・7月奈良・学園前の峰の寺阿弥陀寺を訪ねた。この寺には運河で指導いただいた   山中麦邨先生の句碑「ここが炎天の中心かと思ふ」がある。この日も炎天で、木陰を探しながら   境内を歩いた。句碑を見ていると炎天の時間はそのまま止まっているようだった。 堰下に水鶏来てゐる秋日和   平成22年2010=10月近くの富雄川を歩いた。   富雄中学校前の堰下に水鶏が1羽いた。   水鶏を見たのは初めてで驚いた。川面には秋の日差しがあった。 草虱政治悪いと云ひて取る   平成22年2010=11月生駒市竹林園を訪ねた。   北側の池までの道を歩くと草じらみがズボンに沢山付いた。   池の辺りで休みがてら草虱を 政治が悪い など独り言を言いながら取った。 加夜奈留美の神の谷田にどんど組む   平成23年2011=1月御所市の吉祥草冠寺から飛鳥柏の森の加夜奈留実神社を訪ねた。   途中の道の畑の中に高さ5メートル位のとんどの竹組みがあった。   隙間には藁を詰めていつでも燃やせる準備ができていた。 薄氷の上まで波のすべりけり   平成23年2011=1月奈良飛鳥カントリークラブの奥の池を訪ねた。   池面の半分位に薄氷が張っていた。見ていると風が来て池波が薄氷の上まで滑って行った。   水が氷を溶かすまでは見なかった。 厄除の甘酒釜にまだあると   平成23年2011=2月奈良竜田大社の節分会を訪ねた。   境内では護摩が焚かれ、テントの下の釜では甘酒が暖められており、紙コップに一杯ずつ頂いた。   護摩の火が収まるまで見て帰ろうとテントの前を通ったら、甘酒まだあるよと言われておまけの甘酒を頂いた。   幸先の良い節分だった。 氷柱あるやと隧道を抜けにけり   平成23年2011=1月奈良、山陵町の北の田園を歩いた。   寒かったので崖などに氷柱があるのではと、近鉄橿原線の土塁の下の隧道先まで歩いたが見つけられなかった。 蛇泳ぎ切つたるあとの静けさよ   平成23年2011=5月奈良富雄川を大和田町日高大神の行者滝まで歩いた。   途中の山池を蛇が泳いで対岸まで進んだ。   泳ぎ着いたあと蛇は消えた...
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アカシア句集 9  前へ    次へ チューリップ咲く植ゑし人逝きたるに   平成19年2007・4月小学校、高校の同級生が67歳の若さで急死、葬儀に参列できなかったので、   後日柏市のご自宅にお参りした。帰るとき軒に赤いチューリップが10本以上咲いていた。   駅まで送ってくれたご長男によると彼女が植えたときは咲いていなかったとのことだった。 あの頃は良かったとある賀状受く   平成22年2010・正月現役時代の同僚からの賀状に、あの頃は良かったですね、とあった。同感。   終身雇用が守られ、やや家族的な雰囲気で力を合わせて仕事ができた時代が遠くなるのかも。          子を三人たてに並ばせ初写真   平成22年2010・正月近くの長弓寺に初詣した。孫たち3人が、8才6才3才と身長も違ったので、   3人を縦にならべて初写真を撮った。 斑鳩の星空澄みて鬼やらひ   平成22年2010・2月法隆寺西円堂での追儺式に参列、八角堂を囲んだ金網の中で、鬼達がいじめられ   追われた。時々松明が飛んで来る金網の上は、星空が澄んでいた。 啓蟄やかたりと進む花時計   平成22年2010・3月京都精華町のけいはんな花空間(現在:京都府大精華キャンパス)を訪ねた。   入り口に大きな花時計があって、見ていると1分毎にカタリと音を立てて針が動いた。   1分毎に春が近づくような気がした。 閼伽井屋の提灯暗しお水取   平成22年2010・3月12日奈良・二月堂のお水取りの夜に参列、この深夜、二月堂の下の閼伽井屋に   僧侶が入り、若狭から送られるという水を、中の井戸から汲み上げる儀式。二月堂からの行き帰りの   行列も明かりは松明だけで、汲み上げるときは暗い提灯だけだった。   みな笑顔桜並木に逢ふ人は   平成22年2010・4月奈良・大渕池から山陵町あたりまで秋篠川の桜並木を歩いた。   桜が満開で天気も最高だったので、すれ違う人達は皆笑顔だった。 廃線のランプ小屋にも若葉風   平成22年2010・6月奈良・大仏鉄道跡を訪ねた。鉄道は明治31年から40年まで開業していた   奈良・大仏駅から加茂駅までの鉄道跡で、駅跡公園とトンネル跡しか残って...
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アカシア句集 8  前へ    次へ 雲雀鳴き止めば大和は静かなり   平成15年2003・3月奈良・富雄川・砂茶屋の南を歩いていたら西側の田園の空で雲雀が続け様に   鳴いていた。しばらくすると鳴きやみ、あたりが急に静かになり大和盆地全部が静寂に包まれた。 歌姫の土塁の跡よ囀れり   平成16年2004・3月奈良・平城京の北の歌姫町を訪ねた。ここは奈良時代皇室の禁苑があった所で   土塁で囲まれ、田園のほか歌姫と呼ばれた踊りや雅楽を奏する女性たちと警護兵らがすんだらしい。   今は土塁の一部しか残らないが、訪ねると木立に賑やかに小鳥たちが歌っていた。 八つまで叩きて止みし鉦叩   平成16年2004・9月家の庭に夜鉦叩が鳴いた。注意しないと聞き逃すほどの小さい音でチン、チンと   8つまで叩いて止んだ。 次に叩くまで相当時間があった。 おももちは子雀の声聞きおはす   平成17年2005・6月奈良・唐招提寺の開山忌に参列した。   今は鑑真和上像はその身代わり像が安置されて年中公開されるが、この頃は開山忌期間中のみ、実物が   公開された。開山堂でお像を拝すると、目をつぶって子雀らの声を聞いておられる面持ちだった。 蚊遣にと祖母焚きくれし松小枝   平成18年2006・7月蚊取り線香を出す時期となった。線香を見て、昔子供の頃、夏休みに母の里の   梨園の山の家で、祖母が蚊取り線香の代わりに、松の小枝を土間で燻べてくれたのを思い出した。 ひかりのみ見えしは秋の水馬   平成19年2007・9月いつものメンバーで奈良東吉野村・天好園を訪ねた。庭園の奥に小川があり、   流れの中にキラキラ光るものが見えた。よく見ると水馬(アメンボウ)だった。 公家谷の水美しく烏瓜   平成19年2007・11月京田辺市・普賢寺地区を歩いた。関白近衛基通公が隠居された公家谷があるが、   その谷のきれいな水の上に、赤い烏瓜が掛かっていた。 神還る声をうをうと星冴えて   平成19年2007・12月17日奈良・おんまつりの夜、御旅所祭に参列した。さまざまな芸能奉納のあと、   深夜神が春日神社若宮へ帰られるときは、大勢の白衣の神官に囲まれて白い布に包まれ、   神官たちの「おうおう」という重々しい声に守られてゆっくり帰られ...